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私は子供の頃から椅子張屋という職業を知っていました。椅子張屋さんは口の中に釘を入れ、その釘を口から取り出しマグネットハンマーで打つ作業をする仕事だと。
現在は栃木県栃木市蛭沼に住所が変わりましたが、私が生まれ育った藤岡町というところは家具屋さん、椅子張屋さんが大勢いて、事業に成功する人も多くいました。その人達が正月やお盆に里帰りした際、椅子張屋さんの景気のいい話、大使館やホテル、役所などへ納める仕事の話を聞いていたため、椅子張屋さんという職業を身近に感じておりました。

私が家具業界の道に入って60年が経ち、世の中は大きく変わりました。60年前は親方と師弟関係から始まり、年季奉公5年、お礼奉公1年の計6年修業させていただきました。東京芝田村町(現在の西新橋)で奉公に入ったころは、まだ東京タワーの基礎工事が始まり、都電・銭湯の頃で、数年前にヒットした映画「Always 3丁目の夕日」の時代でした。
それから東京もずいぶん変わり、我々家具業界においても、仕事の中身、デザイン、使う材料など大きく変わって参りました。60年前の椅子の素材は、藁、芝草、マオラン、パームなどを詰め物として使っていました。その時代が過ぎ、次にヘアロックが出始め、ホームラバー、ウレタンフォーム、エアタッカーの開発と椅子製作に使う材料や素材が年々改良され、薄くて軽い新しいデザイン、またシンプルでモダンなデザインが毎年のように発表され、今日に至っていると思います。当時欧米から輸入されたクラシックチェアなどは、品質も良く、勉強になり、現在の日本の椅子作りの基礎になったのではないでしょうか。
今日では、中国をはじめとする東南アジア諸国から格安の商品が輸入され、価格、品質、納期の面で我々の業界は難しい局面に立たされていると思います。このような状況下になって、我々家具業界はいまこそ日本の技を発揮する時ではないでしょうか。業界が続けてきた技能検定の充実と継続、そしてこのような技能があることをもっと世の中にPRすること。技能士が製作したものは、50年、60年経っても、親から子へ、子から孫へ使ってもらいたい。企業や施設の椅子も同じです。良い製品は家庭の中でいつまでも美しく、形が整っており、子供達の躾になると思います。

我々椅子張屋は良い製品を見て、良い製品に座り、自分の感覚を磨き、感性を養う事が一番の基礎になると思います。生まれながらの素質もあるかもしれませんが、これからの椅子張業界を担う世代の方々には、常に最高の水準のモノやコトに触れ続けていただき、本物を見極める目を養って頂くことが大切だと思います。

代表取締役 五百部 喜作